
おはこんばんちは。あつ森です。
前回の「油谷これくしょん」施設紹介編に引き続き
油谷滿夫(アブラヤミチオ)さんのインタビュー編をお送りいたしますっ。

「人よりも物と触れ合うのが好き」収集人生の始まり
油谷さんが「モノ」と触れ合ったのは、子供の頃小遣い稼ぎのために川さらいの泥上げで古釘を集めたことがきっかけだったという。
そのお金で駄菓子屋に行き、きらびやかな表紙をのこども雑誌を購入するのが楽しみだった。
幼い頃身体も小さく体力もなかった油谷さんにとって、「人と競うと負けてしまうので、人よりも物と触れ合うのは大好きだった」と。
そして、徐々に実家に送られてきた切手を集めたりと、その片鱗を見せ始める
「人が捨てた物を拾って生きるなんて自分にしかできない」農家から要らない藁細工を貰い集める

本格的に収集したのは農家の藁細工だった
戦後の農地改革により次々と大きな蔵が建てられていく中、農家では以前使用していた道具を捨てて新しいものに変えていた。
その機を見て、山積みになった不要な藁細工など民具を貰い集めたのだという。
「父は綺麗好きなので、家がモノに溢れるのは嫌がっていましたが、押し切りました(笑)」
いつしか「人が捨てた物を拾って生きるなんて自分にしかできない。収集が自分の生きる道だ」と意識したのだとか。
さらには、東京の骨董市にも出かけるようになる。
「わらしべみたいなもので楽しかった。とにかく、どうすれば物を集めることができるかを考えていました(笑)」
しかしながら、「それは生活のため」だった、と油谷さん。
「東京へ高速も使わずに車で行き、骨董市の期間1週間は車で寝泊まりした。とにかく苦労しました」
とはいえ、物と出会い知識が豊富になる楽しさには変えられなかった。
「ゴミでもなんでも1000年経てば価値が出て宝物」不要な日常用品に文化的価値を見出す

どんどん収集に深入りしていく油谷さんだが、そのうちに集めた「がらくた」と呼ばれるような品々にも文化的な価値を見出すようになった。
そのきっかけは東京で見た「エジプト展」。
「ゴミでもなんでも1000年経てば価値が出て宝物。どんなものでも20年経てば歴史になる」と思ったとか。
その思いが、県内数カ所の倉庫に所蔵している60万点もの品々に結集されている。
「物との出会いは忘れられない」と語る油谷さん。
多彩な収集品の中には希少な物も
「「若冲」の作品があったんです。知らないで売ってしまって失敗した~。自分が持っている中でも、秀吉の古文書など歴史的に価値のあるものがあります」
現在、秋田市金足の「油谷これくしょん」にある20万点の品も含めて、収集品は手書きのファイルで管理してる。
「私の整理の仕方は独特で、思考をジャンプさせるんです。物を関連づけて整理する。パソコンより頭の中の方が早いです(笑)。まだ30万点が整理されていないんですが、来年は美郷町にも展示施設ができます」
「まだまだ収集は続けます(笑)」86歳にして、なおその収集魂は盛んである。
油谷さんのモノに対する思いを感じつつ、全ての世代が懐かしい。あの頃、生活に寄り添っていた品々に出会いに行きませんか?

観覧は無料(事前に連絡必要)
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